必聴傾聴盤紹介~『バッハとイタリア ~半音階的幻想曲、イタリア協奏曲 ほか/ジュスタン・テイラー』

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『バッハとイタリア ~半音階的幻想曲、イタリア協奏曲 ほか/
ジュスタン・テイラー』

ジュスタン・テイラー(チェンバロ)
使用楽器:アサス城所有1730年頃のオリジナル楽器

録音:2023年3月 アサス城、フランス
ALPHA/ナクソス・ジャパン CD
輸入盤 ALPHA998  国内仕様盤日本語解説付NYCX10421
2023年9月22日発売

収録情報

・アレッサンドロ・スカルラッティ(1660-1725):
アルペッジョ ~トッカータ ニ短調
・ヨハン・ゼバスティアン・バッハ(1685-1750):
半音階的幻想曲 BWV 903
協奏曲 ニ短調 BWV 974(アレッサンドロ・マルチェッロ[1669-1747]: オーボエ協奏曲 ニ短調 による)
ラルゴ・エ・スピッカート ~オルガン協奏曲 ニ短調 BWV 596(アントニオ・ヴィヴァルディ[1678-1741]: 調和の霊感 Op. 3-11 による)
アレグロより ~オルガン協奏曲 ハ長調 BWV 594(ヴィヴァルディ: ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 RV 208 「ムガール大帝」 による)
イタリア協奏曲 ヘ長調 BWV 971
・ベネデット・マルチェッロ(1686-1739):
アダージョ ~チェンバロのためのソナタ 第7番
・J.S.バッハ:
アンダンテ ~協奏曲 ハ長調 BWV Anh. 151
前奏曲(幻想曲) BWV 921
協奏曲 ヘ長調 BWV 978 (ヴィヴァルディ: 調和の霊感 Op. 3-3 による)
・A.スカルラッティ:
ラルゴ ~チェンバロのためのトッカータ 第6番 ト短調
・ヴィヴァルディ/ジュスタン・テイラー編曲:
ラルゴ ~フルート協奏曲 ハ長調 RV 443
・J.S.バッハ:
アンダンテ ~協奏曲 ロ短調 BWV 979
トッカータ ホ短調 BWV 914
協奏曲 ニ長調 BWV 972 (ヴィヴァルディ: 調和の霊感 Op. 3-9 による)
ラルゴ ~協奏曲 ト長調 BWV 973(ヴィヴァルディ: ヴァイオリン協奏曲 ト長調 RV 299 による)

 バンジャマン・アラール、ジャン・ロンドー、フランチェスコ・コルティ…まさに群雄割拠の様相を呈している現代の歴史的鍵盤楽器奏者界ですが、このジュスタン・テイラーも最も注目をされるひとりで、数回に渡る来日公演でもその才能をいかんなく発揮し、日本でも一躍ファンを増やしています。またソロ活動だけでなく、テオティム・ラングロワ・ド・スワルトとのデュオや、スワルトとともに自ら主宰するル・コンソート、才人フランソワ・ラザレヴィチとの共演、ル・ポエム・アルモニークやレ・ゾンブル、ル・コンセール・ド・ラ・ロージュへの参加など、まさに八面六臂の活躍を見せています。そんなジュスタン・テイラーもバッハ・アルバムは今回が初となるようです(ユニバーサルミュージックから2018年に発売された「J.S.バッハ新大全集」にジュスタン・テイラーの演奏がいくつか含まれていますが、彼のソロとしてのアルバムとしては初めてのようです)。スカルラッティとリゲティを組み合わせたり、ラモーのアルバムではドビュッシーの「ラモーを讃えて」を1891年製のエラール・ピアノで弾いたりとアルバムのプログラムにもこだわりを見せているように、このバッハ・アルバムのプログラムも実に凝った内容となっています。
 アルバム・コンセプトは「バッハとイタリア」。バッハは、青年期に、自らの音楽の弟子であり、年の離れた友人でもあったザクセン=ヴァイマール公国の王子ヨハン・エルンストが遊学先のオランダから持ち帰った、ヴィヴァルディをはじめとする当時の最先端のイタリアの作曲家の協奏曲の大量の楽譜から多大な影響を受けています。ヨハン・エルンストはバッハにこれらの作品をチェンバロやオルガンなど鍵盤独奏用に編曲するように依頼しています。この編曲過程において、バッハはイタリアの作曲家の協奏曲の様式に深く触れ、徹底的に研究することになりました。わずか18歳でこの世を去ったヨハン・エルンストですが、バッハへの音楽的貢献度は非常に重要だったのです。この編曲過程でバッハが知ったイタリアの協奏曲の様式は、その後のバッハの音楽への決定的な影響を与え、ドイツや自らの作曲法と融合しながら、数々の傑作を生み出していくことになるのです。
 このアルバムにおいて、ジュスタン・テイラーは、こうしたバッハのイタリアからの影響に着目し、ヴィヴァルディやマルチェッロの協奏曲をバッハが編曲した作品を中心に、バッハがそれらイタリアの協奏曲の影響を受けて作曲したイタリア協奏曲などバッハのオリジナル作品を交えながら、プログラムを構成しています。興味深いのは、バッハのイタリア音楽の影響において触れられることの少ないアレッサンドロ・スカルラッティの作品を加えていることでしょう。冒頭にアレッサンドロ・スカルラッティのトッカータからのアルペジオを配置し、バッハの「半音階的幻想曲とフーガ」BWV903の幻想曲の部分だけを続けています。調性が同じニ短調ということもあり、まるで「半音階的幻想曲」に新たな前奏が加えられているかのように違和感なく2曲が連なっているのです。若きバッハの幻想曲やトッカータなどの即興性の高い作品は、ブクステフーデからの直接の影響、またブクステフーデを通してのイタリア音楽の影響の強さが語られることが多いですが、こうしてジュスタン・テイラーによって示される類似性を感じると、アレッサンドロ・スカルラッティからの影響も考えなくてはならないでしょう。
 アレッサンドロ・マルチェッロのオーボエ協奏曲の編曲であるBWV974は、その第2楽章があまりにも有名で、あのグレン・グールドをはじめ、著名なピアニストたちも愛奏する楽曲です。憂いに満ちた旋律ゆえ、情緒に流れる演奏が多いですが、ジュスタン・テイラーは流麗かつスタイリッシュに弾きこなしながらも和音の響かせ方や即興的装飾でバッハが編曲によって厚くしたテクスチュアをさらに盛り込み、油絵の厚塗りのような濃厚な表現を披露しています。これはその他の協奏曲編曲でも同様で、原曲のテクスチュアに可能な限り手を加え、異常とも思えるほど和声的かつ対位法的に複雑を増す傾向にあるバッハの編曲をさらに濃密に演奏する手腕には驚かされます。しかも偉大なバッハの編曲に、自身の編曲によるヴィヴァルディのフルート協奏曲のラルゴを併置しているのですから、ジュスタン・テイラーの大胆さには脱帽せざるを得ません。バッハの編曲に並べて遜色ないのですからすごいものです。
 この録音には、ラモーの録音でも使用していたフランスのアサス城が所有する1,730年ごろに製作されたオリジナル楽器が使用されています。録音地はもちろんアサス城内。この楽器は、夭逝した不世出のチェンバロ奏者スコット・ロスに所縁のすばらしい楽器なのですが、ジュスタン・テイラーは、このチェンバロのポテンシャルを限界まで引き出すかのような圧倒的な表現を聴かせてくれます。
 こだわりのプログラム構成、濃厚な表現、圧倒的な技巧、そして編曲の技。若き天才が作り上げたイタリアン・テイストのバッハ像を仰ぎ見る圧巻の1枚です。
 

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