必聴傾聴盤紹介~『スペイン・チェンバロ音楽の300年/イネス・モレーノ・ウンシージャ』

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『スペイン・チェンバロ音楽の300年/ イネス・モレーノ・ウンシージャ』

イネス・モレーノ・ウンシージャ(チェンバロ)

セッション録音:2021年4月30日₋5月3日/スイス、ヴァルデンブルク、トーンスタジオ

Ars Produktion ARS38625 輸入盤

収録情報

アントニオ・デ・カベソン(1510-1566):「騎士の歌」による変奏曲
ルイス・ベネガス・デ・エネストローサ(1510-1570):「牛を見張れ」による5つの変奏曲
フランシスコ・コレア・デ・アラウホ(1584-1654):第4旋法によるティエント第2番
セバスティアン・アギレラ・デ・エレディア(1561-1627):第8旋法による作品 「エンサラーダ」
フアン・カバニーリェス(1644-1712):ガリアルダ第1番
ドメニコ・スカルラッティ(1685-1757):ソナタ ハ短調 K.56、ソナタ ニ短調 K.213
アントニオ・ソレール(1729-1783):ソナタ第48番 ドリア旋法
セバスティアン・デ・アルベロ(1722-1756):リチェルカータ第1番、フーガ第1番、ソナタ第1番
フアン・セセ・バラグエル(1736-1801):フーガ第2番
ホアキン・ベルトラン(1736-1802):フーガ第2番、対位法的小品第6番
バシリオ・デ・セセー(1756-1816):インテント第6番
マテオ・アントニオ・ペレス・デ・アルベニス(1755-1831):ソナタ ニ長調

イネス・モレーノ・ウンシージャ(チェンバロ)

使用楽器:
・1段鍵盤チェンバロ(ショート・オクターヴと分割鍵盤付き。1600年頃に製作されたイタリアの楽器をモデルに、マティアス・グリーヴィッシュが2016年に製作)
・1段鍵盤チェンバロ(カルロ・グリマルディによる1697年製作の楽器をモデルに、トニー・チネリーが1987年に製作)
・2段鍵盤チェンバロ(ニコラ&フランソワ=エティエンヌ・ブランシェが1730年に製作した楽器をモデルに、ウィリアム・ダウドが1979年に製作)

録音:2021年4月30日₋5月3日/スイス、ヴァルデンブルク、トーンスタジオ

 Glossaレーベルの創設メンバーであり、現代を代表する歴史的撥弦楽器奏者であるホセ・ミゲル・モレーノを父に持ち、18世紀オーケストラの創設時からのヴィオラ奏者として、中心メンバーとしてブリュッヘンを支え、ラ・レアル・カマラなど優れたピリオド楽器アンサンブルで活躍するヴィオラ、ヴァイオリン奏者エミリオ・モレーノを叔父に持つ音楽一家に生まれた若きチェンバロ奏者のイネス・モレーノ・ウンシージャ。彼女は、幼少期から古楽や母国のスペイン音楽に触れ、バーゼル・スコラ・カントールムでアンドレア・マルコンらの薫陶を受け、2018年にスペインの若手音楽家のコンクールで第1位を獲得するなど、さまざまな国際的コンクールで入賞を続けています。スペインやスイスを中心にいくつかの古楽アンサンブルで活躍し、父や叔父とのコラボレーションも行っている彼女のデビュー・アルバムが、高音質で定評のあるドイツのレーベルArs Produktionから登場しました。プログラムは、母国スペインの鍵盤音楽の300年をたどる興味深い内容となっています。
 曲目は作曲者の年代順に並べられており、16世紀のカベソンから、17世紀のアラウホ、18世紀のドメニコ・スカルラッティ、ソレールから19世紀のマテオ・アントニオ・ペレス・デ・アルベニスまで、幅広い選曲で、時代による趣向の移り変わりから、作曲者や作品の個性までを聴かせます。特にスカルラッティ、ソレール以外の18-19世紀の作曲家の作品の録音は極めて珍しく、それだけでも貴重なものです。演奏に当たっては時代に合わせて、3種類の楽器を用いています。特に2段鍵盤のブランシェ・モデルの楽器は、20世紀半ばからチェンバロ製作に大きな功績を残したアメリカの名工ウィリアム・ダウドの楽器を使用している点は注目です。また演奏者自身による曲目や使用楽器、演奏の解説(独英西語)も大変興味深い内容です。
 イネス・モレーノ・ウンシージャの演奏は、それぞれの作品や作曲家の特徴を見事にとらえ、チェンバロによってスペイン音楽史をたどるプログラムを一気に聴かせてくれます。カベソンやドメニコ・スカルラッティ、ソレールなど作曲家個別の作品集がリリースされることは多く、またスペインやイベリア半島にスポットを当てたルネサンス・バロックの鍵盤音楽集も今ではそれほど珍しいものではなくなってきていますが、スペイン出身の音楽家による録音は、スペイン・ローカル盤を除いて、意外なほど少ないのが現状です。こうしたプログラムのアルバムが、ドイツの有名レーベルから世界へリリースされることの意義深いことです。これだけワールドワイドになった時代に、その国の音楽はその国の演奏家にしか表現できないとするのはもはやナンセンスかもしれませんが、家族が演奏するスペイン音楽や古楽を子守歌代わりに育った彼女の中には、間違いなくスペイン音楽の旋律やリズムが刻まれていることでしょう。そうした恵まれた環境を見事に活かした生気あふれる彼女のすばらしい演奏は、スペイン音楽の魅力を最大限教えてくれます。スペイン音楽録音史に刻まれた新時代の名盤の誕生を喜びましょう。

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