CDを聴く CDジャケットを読む~第2回 『ビクトリア:聖週間のための聖務日課集』と絵画における受難の表現~

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第2回 『ビクトリア:聖週間のための聖務日課集』と絵画における受難の表現

ビクトリア
『受難~ビクトリア:聖週間のための聖務日課集(ローマ、1585年)
ジョルディ・サヴァール指揮ラ・カペラ・レイアル・デ・カタルーニャ&エスペリオンXXI

AVSA9943(3SACD) 輸入盤

クラシックCDにはそこに収録されている音楽や演奏のすばらしさはもちろんのこと、CDジャケットを中心としたその装丁も収録されている音楽と関連付ている非常に凝ったアルバムがたくさんあります。この企画では、主に古楽を中心に、一枚のCDを取り上げ、音楽内容とそのCDジャケットを掘り下げてご紹介し、その一枚のCDをとことんまで楽しもうという試みです。第2回は、スペイン音楽黄金時代の大作曲家ビクトリアの「聖週間のための聖務日課集」と関連する絵画についてです。

 今回取り上げるのは、現代古楽界の大御所、ジョルディ・サヴァールが同郷のルネサンス時代の大作曲家ビクトリアの、音楽史上に残る一大曲集を、自ら編纂し、ライブ収録した記念碑的なアルバムです。その音楽や演奏と、CDジャケット及びブックレットに使用されている3つの絵画についてのお話です。

”枝の主日”
トマス・ルイス・デ・ビクトリア(1548-1611):
1-5. マタイ受難曲
“聖木曜日”
6-20.預言者エレミアの哀歌
21-29. 6つのテネブレ典礼におけるレスポンソリウム
30-33. アド・ラウデス(ベネディクトゥス・ドミヌス、ミゼレーレ、パンジェ・リングァ)

『トマス・ルイス・デ・ビクトリアの肖像』

 トマス・ルイス・デ・ビクトリア(1548-1611)は、スペインを、また後期ルネサンスを代表する大作曲家です。まずはビクトリアについて軽く触れておきましょう。
 1548年にスペインのアビラに生まれたビクトリアは、10代半ばまでにはローマへ出て、イエズス会士となり、その地で音楽を学びました。後期ルネサンス音楽における最重要人物の一人である、パレストリーナに学んだとされていますが、詳しいことは分かっていないようです。1586年にはスペインに戻り、マドリッドでフェリペ2世の妹で、神聖ローマ皇帝マクシミリアン2世の皇后マリア・デ・アスプルゴに終生仕えました。ビクトリアは修道会士だったこともあり、現存する作品はすべて宗教曲で、おそらく宗教曲しか作らなかっただろうと言われています。その音楽は、パレストリーナに倣ったルネサンス音楽の典型的でありながら、歌詞の内容をより直接的に表現した聴き手の心に訴えかける音楽となっているところが特長です。これは世界各地への布教に務めたイエズス会の会士であったことも理由の一つだと思われます。音楽は、聖書の言葉(ラテン語)の分からない人々への布教には重要な役割を担ったからです。直接的で分かりやすく、人の感情に届く情緒さえも持っているという作風もあって、現在でもルネサンス音楽の作曲家の中で高い人気を誇っています。

 そんなビクトリアの代表作として知られるのが、音楽史上に残る傑作として名高い「6声のレクイエム」を含む『死者のための聖務日課集』と、ここに収録された『聖週間のための聖務日課集』です。『聖週間のための聖務日課集』は、聖週間中の3日間の典礼に使用される音楽を集めたもので、主に「受難曲」「エレミアの哀歌」「レスポンソリウム」から成る曲集です。聖週間とは、復活祭に先立つ一週間を指し、イエスの受難に思いをはせ、悔い改め、祈りを捧げる期間です。この期間には特別な礼拝が行われ、特に「聖なる三日間」である木曜日から土曜日までの深夜に「朝課」と呼ばれる暗闇での典礼が行れる習わしとなっていました。そこで歌われるようになったのが、悔恨の歌であるエレミアの哀歌や、それに応えるようなレスポンソリウム(応唱)、そして聖書中の受難の記述を演劇仕立てに歌唱していく受難曲でした。ルネサンス時代以降、これらの音楽をセットにした曲集「聖週間のための聖務日課集」やその一部を抜粋して集めた「エレミアの哀歌」「レスポンソリウム集」などが数多くの作曲家によって作曲され、出版されました。聖週間のための音楽は、ミサ曲に続く、教会音楽の主要レパートリーの1つとなっていたのです。その代表となるものこそ、ビクトリアのこの曲集です。中でも、18曲から成る「レスポンソリウム」はこの部分だけでも取り上げられることが多く、「6声のレクイエム」と並ぶビクトリアの最高傑作とされ、現在でも数多くのCDが発売されています。
 「レスポンソリウム」は歌詞の内容をストレートに音楽として表現したビクトリアの音楽の特徴が顕著に出ている作品集です。例えば、DISC1-23「AMICUS MEUS(私の友は)」では、ユダが接吻してイエスを裏切る場面をテキストとして音楽ですが、以下のようなテキストになっています。

私の友が、接吻を合図に裏切った
「私が接吻をする男がその人だ、つかまえろ」
これこそは悪の証、接吻によって人殺しの証となったのだ
不幸な男は血の報酬を投げ出して、ついには首を吊った
その人は生まれなければよかったのだ(抄訳)


 テキスト自体がかなり直接的な内容であり、容赦なく裏切者であるユダを責め立てるような内容となっています。ビクトリアの音楽はこのテキストを見事に音楽化しているのですが、中でも「suspendit」(首を吊った)という言葉の表現が強烈で、ソプラノとアルト・パートが上声部で和音を形成する中、バス・パートが下降音形で、首を吊るユダの体がその重みによって縄に食い込み垂れ下がっていく様を描写し、テノール・パートは途中から現れ、「首を吊る」という言葉を強調するように上音への跳躍が行われます。首吊りというショッキングな行為(キリスト教において自死は禁忌)はこのように音楽によって強調表現されているのです。そのあとに淡々と「その人は生まれてこなければよかった」と歌われるのですから、聴き手に強いインパクトを残しますね。またこれに続く次の曲では、「極悪人の商いユダは接吻しようと主に近づいた」という言葉から始められ、またも「生まれてこなければよかった」と歌われます。苛烈なほどのユダに対する言葉をビクトリアは容赦なく音楽としてたたきつけます。ビクトリアの音楽の表現性が端的に表れている部分です。
 さて、演奏について触れておきましょう。サヴァールはこの曲集の演奏に当たって、音楽学者と共同でプログラムを構成しています。興味深いのは、楽器をかなり導入している点です。ビクトリアの作品の演奏、それ以上にルネサンスの教会音楽は、無伴奏合唱や声楽アンサンブルによって歌われることが今日では一般的ですが、最近では、当時は、宗教曲の歌唱においても楽器を伴っていたことが分かっており、特にスペインにおいてはそれが顕著だったとされています。そうした点を考慮した演奏がここ最近、かなり増えてきていますが、サヴァールは早くからこの編成を導入していました。この録音では、声楽とほぼ同じ規模の器楽を導入し、一部では器楽だけの合奏も取り入れるなど、革新的な演奏を聴かせてくれています。楽器の導入の仕方も考えられたもので、声楽と楽器の競演になるようなところもあれば、ほぼ無伴奏の部分もあるなど、曲によって明確に分けられています。無伴奏合唱による受難曲での演奏は、その内容に即してかなりドラマティックに仕上げられていて、受難のドラマを聴き手にストレートに伝えています。エレミアの哀歌やレスポンソリウムの歌唱では、ビクトリアが歌詞にあわせて作り込んだ和声を聴かせることに重きが置かれているかのように響きが重視され、極めて美しい歌唱となっています。集められた声楽家たちも各々がソリスト級の力量をもつ歌手ばかりですが、すばらしい調和力でサヴァールの指揮に応えています。

 

『ブグロー:ゴルゴタの丘へ向かうキリスト』パリ・サン・ヴァンサン・ド・ポール教会

 それでは、CDジャケットに目を向けましょう。ここで使用されているのは、19世紀フランスの画家ウィリアム・アドルフ・ブグロー(1825-1905)の『ゴルゴタの丘へ向かうキリスト』です。十字架に架けられるその道程で、自らを処刑する十字架を背負ったイエスに、聖母マリアが駆け寄る場面を描いたものです。まるでルネサンスやバロックの時代のような絵画ですが、これは19世紀フランスで描かれた宗教画です。真横から描かれたマリアの悲しみと諦観の入り混じった顔とそのマリアを真摯な目で見つめるイエスを中心に、群像が描かれています。画面左手の赤い髪と服の女性はマグダラのマリアでしょう。悲しみから気を失いそうになっているのか、イエスにすがろうとしているのか、右手を横の男につかまれています。イエス、マリア、マグダラのマリアの色彩的対比が印象的で、3人の顔の位置関係も計算されたもので、自然とイエスへと鑑賞者を導くようになっています。中世やルネサンス、バロックの絵画を範としながらも、近代的な色彩感覚や絵画表現を巧みに組み込んだ19世紀フランス・アカデミズムならではの絵画となっています。

『ブグロー:自画像』

 ウィリアム・アドルフ・ブグロー(1825-1905)は、19世紀アカデミズム絵画を代表する画家です。1825年にフランスの西部の港町ラ・ロシェルに生まれたブグローは、1846年、パリに出て、国立の美術学校であるエコール・デ・ボザールで学び始めます。1850年には早くも新進の芸術家に与えられる最高の賞であるローマ賞を獲得し、公費でイタリアへ留学します。当地でルネサンスやバロックの巨匠たちの絵画を直接見て、多くを学んだのでしょう。ブグローの作風は、アングルらの新古典主義を継承するもので、ルネサンス以来の伝統的な絵画と同様に、神話やキリスト教、古い文学などを題材とした絵画を主に描きました。1888年にはエコール・デ・ボザールの教授に就任し、数多くの後進を育てました。当時の画家としてはエリートコースを歩み、生前は高い名声を誇っていたブグローですが、印象派や、ポスト印象派などのモダニズムの絵画が隆盛し、それらと対抗する旧来の勢力であるアカデミズムが攻撃されるようになると、ブグローも急速に忘れ去られることになってしまいました。20世紀末になって、アカデミズムが再評価されるようになると、ブグローの再評価も進み、大規模な展覧会も開かれ、ブグローの美しい絵画は復権を果たしました。

『ブグロー:ヴィーナスの誕生』オルセー美術館

 ブグローの代表作に「ヴィーナスの誕生」という作品があります。これはもちろん、ボッティチェリの有名な『ヴィーナスの誕生』を踏襲するものですが、陶器のような白い肌のヴィーナス、鮮やかな色彩で描かれた背景、ヴィーナス周辺の神話の登場人物たちの類型的な表情や仕草、整えられた画面など、ルネサンス以来の伝統を範とする19世紀フランスのアカデミズムの様式と、官能的な女性裸体の表現が融合された、大変美しく印象的な作品となっています。また、ブグローはこうした女性像に加え、かわいらしい少女の肖像なども数多く手掛け、女性の魅力をさまざまな舞台装置に乗せ、印象深く描きました。

『ブグロー:ピエタ』ダラス美術館

 ブグローは、女性像、少女像に加えて、宗教画も得意としました。この印象的な「ピエタ」は、死せるイエスを聖母マリアが抱える場面を描いていますが、聖母マリアの正面性は、中世やルネサンス時代の祭壇画を思わせ、鑑賞者に強いインパクトを与えます。加えて、イエスの肌の際立った白さ、光背の輝きなど、色彩的にもそのインパクトを強調しています。聖母マリアやイエスの姿勢、嘆き悲しむ周辺の人物表現はルネサンス時代より続く典型的なものですが、その典型的なピエタ像を時代に合わせた表現へと作り変えているのです。
 サヴァールのこのビクトリアのCDは、前掲のブグローの「ゴルゴタの丘へ向かうキリスト」の印象的な使い方もあり、ユーザーに対して大変印象を残すジャケットとなっています。サヴァールが、もしくは、このCDのアートディレクターが、ビクトリアの音楽と同様、「受難」を題材とする絵画とはいえ、なぜビクトリアとは時代も国も表現様式も異なるブグローの作品をジャケットに選んだのかは不明ですが、CDにインパクトを持たせることには成功しています。ここからは完全な私見ですが、サヴァールはスペイン人、正確にはカタルーニャ人ではあっても、フランス人の感覚も兼ね備えていることは、これまでの活動から容易に推測できます。おそらく、ブグローのこの作品にも強い思い入れがあるのではないでしょうか。また、ブグローの絵画の中に、ビクトリアの受難の表現と、時代も国も表現も超えて、呼応するものを感じ取ったのかもしれません。

『フアン・デ・フアネス:最後の晩餐』プラド美術館

 このCDにはブグローの絵画の他にもいくつかの絵画が使用されています。ブックレットに掲載され、ディスク本体にプリントされているのは、フアン・デ・フアネス(1503/05-1579?)というスペイン・ルネサンス時代の画家の『最後の晩餐』です。当時のスペイン絵画界には、エル・グレコもベラスケスも登場していません。この時代のスペイン絵画は、この国特有というよりもまだイタリアの絵画の影響を強く受けており、これもおそらくは、レオナルド・ダ・ヴィンチのミラノにある有名な「最後の晩餐」の影響下で描かれた作品でしょう。構図はほぼレオナルド作品を踏襲していますが、イエス、並びに各弟子たちの頭上にはは、ニンブスと呼ばれる光輪(聖なる存在を示す光の輪)が描かれていて、丁寧にも光輪の中にその人物の名前が書かれています。光輪をあえて描かず、その弟子たちの動作表現だけで、緊張感のある画面を作り出したレオナルドの作品と比べると、なんとも分かりやすい絵画になっています。各弟子の仕草もレオナルドを踏襲したもののようですが、あまりにも紋切り型なので、表情もどの人物も同じような表現になっています。もちろん、画家としての力量の差も大きいですが、対抗宗教改革運動の真っただ中だったカトリックの地において、知識のない一般信者のためにより分かりやすい表現で描かなければならなかったという側面もあったに違いありません。ちなみに、この画面では裏切者のユダだけ光輪が描かれていません。しかも丁寧にもパンを切り分けるナイフの切っ先によってもユダが示されています。とにかく鑑賞者に分かりやすく、聖書の場面が描かれているのです。ビクトリアが生きていた時代にはこうした信者にとって大変分かりやすい絵画がスペインでは描かれていたのです。

『ルカ・ジョルダーノ:手を洗うピラト』プラド美術館

 さらに、ブックレットにはもう1作品が収録されています。それがこのルカ・ジョルダーノ(1634-1705)による「手を洗うピラト」です。
 ルカ・ジョルダーノは17世紀イタリアの画家で、主にスペインのマドリッドの宮廷で活躍しました。また若い頃、イタリアに来ていたスペイン人画家ホセ・デ・リベラに師事しているので、スペインともつながりの深い画家なのです。
 この絵画は、「受難曲」でも描いている聖書中のイエスの裁判の一場面を題材としています。イエスの裁判を仕切る総督ピラトはイエスが死刑にするほどの罪とは考えられず、そのことを群衆に示しますが、怒り狂う群衆はイエスは死に値する大罪を犯したとピラトをさえ、責め立てます。そこでこの件(イエスを死刑とすること)では自分に責任がないことを示すために、ピラトは水で手を洗うことにした、そういう緊張感のある場面を描いています。丁寧ながら、躍動感のある人体や顔の表情の表現で、場面の緊張感を伝える見事な絵画となっています。一般的には野外であるように描かれることの多い裁判の場面を、室内に設定し、登場人物を少なくし、その分一人一人の表現に力を入れているところに、ジョルダーノのセンスを感じます。登場人物の着用する衣服や甲冑の色彩の対比や質感の描き分けも見事です。どんな画家の特徴も瞬時にものにして、同じように描けたというジョルダーノは、後の時代の絵画に大きな影響を与えることになります。これは、そうしたジョルダーノの力量を端的に示す絵画だと言えるでしょう。ビクトリアの受難曲とも相性の良い作品だと思います。

ビクトリアの傑作音楽と関連する絵画の最高のコラボレーションがなされたこのアルバム、ぜひ隅から隅までお楽しみください。

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