アーティスト特集~バンジャマン・アラール~『J.S.バッハ:鍵盤作品全集Vol.5~トッカータ~ヴァイマール期(1708~1717)』

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『J.S.バッハ:鍵盤作品全集Vol.5~トッカータ~ヴァイマール期(1708~1717)』

1. トッカータ ニ短調 BWV 565
2. 主なる神、われらの側にいまさずして BWV 1128(コラール前奏曲)
3. いと尊きイエスよ、われらはここに集いて BWV 731 (コラール前奏曲)
4. いと尊きイエスよ、われらはここに集いて BWV 730 (コラール前奏曲)
5. プレリュードとフーガ ハ長調 BWV 545a(ヴァイマール時代の旧稿)
6. イエスよ、わが喜び BWV 713 (コラール前奏曲)
7. われらに救いを賜うキリストは BWV 747 (コラール前奏曲)
8. 心よりわれこがれ望む BWV 727 (コラール前奏曲)
9. いと尊きイエスよ、われらはここに集いて BWV 706 (コラール前奏曲)
10. 前奏曲とフーガ イ短調 BWV 543 (プレリュードには現行のものより短い稿BWV 543/1aで演奏)
11. キリストは死の縄目につながれたり BWV 695
12. トリオ・ソナタ ニ短調 より初期稿BWV 528/2a (early version) 04’25
13. トッカータとフーガ ヘ長調 BWV 540

バンジャマン・アラール(オルガン)
使用楽器:ケンティン・ブルーメンレーダー/パリ、改革派教会(Temple du Foyer de l’Âme) (2009)
録音:2019年4月

harmonia mundi KKC6437(3CD)
輸入盤国内仕様

 第4集発売時点で、すでに現代バッハ演奏の最高峰と世界中で極めて高い評価を獲得しているバンジャマン・アラールによるバッハの鍵盤作品全集の第5集は、バッハの、いわゆるヴァイマール時代(1708-1717)の作品をセレクト。CD1はトッカータ、前奏曲、コラールなどのオルガン曲を教会のオルガンで、CD2はチェンバロ作品と一部オルガン作品をペダル・チェンバロで、CD3は、チェンバロ用トッカータ、協奏曲の鍵盤独奏編曲版などをクラヴィコードで演奏しています。CD3枚をそれぞれの楽器にあわせたコンセプトでまとめた構成となっているのです。トッカータは、ブクステフーデの影響が強く、また協奏曲編曲はイタリアの作曲家またはその影響を受けたイタリア様式の協奏曲を鍵盤独奏用に編曲するという30代のバッハによる野心的試みの作品群です。他者の作品を吸収し、独自の様式へと昇華していく青年期のバッハの作曲家としての過程が感じられる、アラールの全集ならではの構成と言えるでしょう。
 もちろん演奏は圧巻。さまざまな歴史的鍵盤楽器をその特性を生かしながら曲に合わせて弾きこなすというアラールの凄腕には脱帽する他ありません。オルガンでは時に潔く音を切り、それによって音楽は躍動。まさにアーティキュレーションの妙技と言えるでしょう。有名な「トッカータとフーガ ニ短調BWV565」の最終部の即興とも思えるエキサイティングな展開はとにかく圧巻。まさに音楽がいま出来上がったように聴こえてくるのです。ペダル・チェンバロでの演奏では、低音域のペダル鍵盤を巧みに操り、立体的な音響を生み出しています。例えば、「トッカータとフーガ ニ短調BWV538」はオルガンの作品ですが、低音をカバーできるペダル・チェンバロでならば演奏可能で、アラールはこの楽器の特性を生かした見事な演奏を繰り広げています。また「コラール・パルティータBWV768」でのスケール感も圧倒的で、チェンバロの華麗な音色を使い分け、表現へと結びつけているところがすごいところです。しかし何と言ってもこのアルバムの白眉は、CD3のクラヴィコードでの演奏。ブックレットのアラールによる序文には、クラヴィコードに対する解説と思いがこめられています(これはぜひ国内仕様盤の日本語解説でご覧ください)。ヴァイマール時代はまさにバッハの音楽の転換期。バッハにとってさまざまな作品の影響を消化・昇華し、独自の音楽を作り上げていく時代でした。それには、家庭でのクラヴィコードに向かっての編曲作業、すなわち、さまざまな作品を通して自らと向き合う内省的な時間が必要だったのです。アラールのクラヴィコードでの演奏は、そうしたバッハの作曲に対するプライベートな側面を提示してくれているようです。いかに細部に至るまでバッハがこだわって曲を作り上げていたのかを、その緻密で繊細なクラヴィコード演奏で私たちに教えてくれるのです。
 アラールの鍵盤作品全集は第5弾で一つの区切りを迎えました。ここまでで、バッハは、同郷の先達である16~17世紀ドイツ・バロックの作曲家たちの音楽、北ドイツ・オルガン楽派の音楽、中でもあまりにも直接的で強い影響を受けたブクステフーデ、そして当時の最先端のイタリアの協奏曲のスタイル、そうしたさまざまな音楽を吸収していることが示されました。続いてバッハが向かうのは自らの個性が明確に刻まれた独自の音楽、そう、「平均律クラヴィーア曲集第1巻」。青年バッハの作品と共に録音という歩みを続けたアラールが次なる録音、「平均律クラヴィーア曲集第1巻」でどのような演奏を聴かせてくれるのか、こうご期待!

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