クラシック音楽の全作曲家の中で、最もCD発売点数が多い、ヨハン・セバスティアン・バッハ。続々と発売されるバッハ録音の中から、スタッフの一推しディスクをご紹介していきます。バッハ演奏の最前線となる録音の数々にぜひご注目ください!
ファースト・アルバム『Joy of Bach』(KKC6035)がフランスの権威ある音楽雑誌Diapasonにおいて高く評価され、日本でも注目を集めたオルガニスト、中田恵子のセカンド・アルバム『Pray with Bach』。バッハのコラールが集められた曲集「オルガン小曲集(オルゲルビュヒライン)」からの楽曲を中心に、前奏曲とフーガ、トッカータとフーガを最初と真ん中と最後に挟み込んだプログラムで、中田恵子が教会付きのオルガニストを務める鎌倉雪ノ下教会のオルガンを使用しています。この選曲は、コロナ禍下にあって、教会での礼拝もままならない社会状況の中、普段、礼拝で弾いている楽曲を録音に取り上げたいという思いでなされたといいます。小曲の中にもさまざまな工夫が凝らされたバッハの珠玉の楽曲の数々を実に丁寧に紡いでいきます。ただただオルガンとバッハの楽曲と真摯に向き合い、虚飾を排したその演奏は、聴き手の心の奥底にまでじんわりとあたたかく染み入ってくるものでしょう。ブックレットには、中田恵子によるこのアルバムへの思いと各楽曲の丁寧で分かりやすい中田恵子自身による解説を収録しています。演奏・解説ともにバッハの楽曲への愛情と敬意が感じられるでしょう。また録音は、ALTUSレーベルで数々の名録音を手掛けている名エンジニア、斎藤啓介氏。オルガンの美しい音色とその音色が広がる教会の空間をとらえた超優秀ワンポイント録音です。ジャケット及びブックレットにはドラマーで作曲家の福盛進也が撮り下ろした雰囲気ある写真が使われており、装丁、デザインも美しいものとなっています。演奏から、プログラム・解説・録音・アートワークに至るまで実に丁寧に作られた美しいCDで手元に置いておきたくなることでしょう。すばらしいバッハのオルガン・アルバムです。
『マタイ受難曲』『ミサ曲ロ短調』『バスのためのカンタータ集』などそのバッハ録音が世界的に最高と言っても良いほどの評価を得ているステファン・マクラウドとリ・アンジェリ・ジュネーヴが、『ヨハネ受難曲』を録音しました!マクラウドはさまざまな指揮者のバッハの受難曲の録音に参加し、イエス役を歌ってきていますが、ここではイエス役は別の歌手にゆだね、自らはアリアやユダ、ペテロ、ピラトと指揮に徹しています。総勢9人の歌手による小編成の演奏です。
演奏は第4稿を基に、細部はそれぞれの稿から選択されています。例えば、チェンバロとオルガンを併用し、第4稿では別の楽器で代用されたヴィオラ・ダモーレ、リュートも使われています。反対に、第4稿で加えられたコントラファゴットは使用せず、また第4稿では歌詞が変えられたアリアも一般的な歌詞で歌われています。
エヴァンゲリストには現代のエヴァンゲリストの代表的歌手であるヴェルナー・ギュラを迎えている。ギュラは知性と情緒のバランスが取れたすばらしい歌唱を聴かせてくれます。イエスを歌うドリュー・サンティーニは威厳と慈愛を併せ持つ、ヨハネ受難曲の複雑なイエス像を見事に示しています。さすがはマクラウドがイエス役を任せただけはあるすばらしい歌手です。他の独唱陣も実力派ばかりです。マクラウドの解釈はスケールの大きさと細部のこだわりが同居したもので、説得力抜群。特にコラールの充実度は感動ものです。歌手と楽器のアーティキュレーションが統一され、テキストと音楽の一体化がなされています。最後のコラールでは感涙を禁じ得ないでしょう。
本編に加え、ボーナストラックとして、第2稿で使用された異稿の5曲も収録。どれもかなり劇的な楽曲で、第2稿のオペラティックな側面が良く分かる演奏になっています。この5曲には、入れ替えるべきトラック数が記載されているので、CDなどでプログラム再生することで、第2稿版としても楽しめるようになっています。
演奏・解釈・プログラムにまでこだわった圧巻のヨハネ受難曲を存分にお聴きいただけるすばらしい録音です!
J.S.バッハ:ヨハネ受難曲BWV245(+1725年第2稿の異稿5曲)
ヴェルナー・ギュラ(テノール / エヴァンゲリスト)
ソフィー・ガラヘル(ソプラノ / アリア)
アレクサンドラ・レヴァンドフスカ(ソプラノ / アリア、侍女)
アレックス・ポッター(アルト)
クリステル・モネー(アルト / リピエーノ)
マクシミリアン・フォクラー(テノール / アリア)
オリヴィエ・コワフェ(テノール / 従僕)
ドリュー・サンティーニ(バス / イエス)
ステファン・マクラウド(バス / アリア、ユダ、ペテロ、ピラト)
ステファン・マクラウド指揮リ・アンジェリ・ジュネーヴ
セッション録音:2022年3月/グロッサー・フェストザール、ランドガストホフ・リーエン(スイス)
サウンド・エンジニア、エディティング、マスタリング:マルクス・ハイラント(Tritonus Musikproduktion)
オランダ・バロックは、前身となるオランダ・バロック協会の頃から、本格的なピリオド楽器演奏に加え、他のジャンルのアーティストとコラボレーションを行ったり、さまざまなアレンジを加えたり、など、プログラムに対する強い個性を発揮している気鋭のピリオド楽器アンサンブルです。そんな彼らのバッハ・アルバムも一筋縄ではいきません。「バッハの女王」と題されたこのアルバム、バッハのオルガン作品をピリオド楽器オーケストラで演奏した興味深い1枚となっているのです。
バッハほどその作品をアレンジされる作曲家も他にはおらず、さまざまなアレンジが登場しています。有名なオルガン作品をオーケストラにするという発想も以前からあり、ディズニー映画「ファンタジア」で有名なストコフスキーによる『トッカータとフーガ』ニ短調BWV565をはじめ、エルガー、レスピーギ、オーマンディ、スクロヴァチェフスキなど著名な作曲家や指揮者たちもこぞってバッハのオルガン曲を現代オーケストラのためにアレンジしています。もちろん、ピリオド楽器によるアレンジもいくつもありますが、ほとんどが室内楽的アレンジであり、オーケストラ規模のアレンジは珍しいものなのです。
オランダ・バロックのバッハ・アレンジは、主宰するユディト&ティネケのステーンブリンク姉妹の手にによるもので、ヴァイオリニストであるユディトとオルガンを得意とする鍵盤奏者であるティネケが、入念な準備をして録音に臨んだようです。彼女たちには、小さいころから聴いていた教会でのオルガン・コンサートの思い出が強く残っているとブックレットで書かれていますが、そうしたコンサートのプログラムをピリオド楽器オーケストラのアルバムとして再現したのかもしれません。アレンジの中で特に注目されるのが、低音パートの扱いで、チェロとダブルベースのパートを別に設け、ただでさえ複雑なバッハのテクスチュアをさらに複雑にしています。これによって比較的大きい4-4-2-2-1という弦楽器セクションを中心に、フラウト・トラヴェルソ、オーボエ、バスーンにチェンバロ&オルガン、リュートが加わったピリオド楽器オーケストラによる演奏がより一層深みを増しているのです。教会のオルガンの迫力のあるサウンドに負けないピリオド楽器オーケストラによる重厚なサウンド、教会のオルガンのペダル鍵盤の重低音を良い一層明確にしたチェロとダブルベースの独立など、オルガン音楽の特性をさらに発展させた音響が再現されている実に聴きごたえのあるバッハ・アレンジ・アルバムとなっています。
また、曲目構成も凝っていて、オルガンのトリオ・ソナタ2曲を前半に配置させ、協奏曲やコラールを交え、大曲「パッサカリア」BWV582を白眉にし、最後はコラールで締めています。さらに、この後に隠しトラック(⑭)として、「クレド」BWV1081が収録されています。しかもこれは合唱付きで収録されているのが面白いところです。このBWV1081は、バッハが最晩年の1747~1748年頃に、ジョヴァンニ・バティスタ・バッサーニというバッハと同時代のイタリアの作曲家のミサ曲を筆写した時に、挿入曲として作曲したとされている珍しい作品です。1分弱の作品ながら録音も稀有な作品を隠しトラックにするところが、オランダ・バロックらしいにくい試みと言えるでしょう。こうした構成から考えるに、おそらくこのアルバムは、前述のようにステーンブリンク姉妹が幼少期の思い出として印象深く残っている教会でのオルガン・コンサートのプログラム再現や教会でのある典礼の音楽を、バッハのオルガン作品のオーケストラ・アレンジで再現したという意図があったと考えられるのではないでしょうか。ブックレットでは、そうした試みについては語られてはいませんが、オランダ・バロックというユニークなプログラムへの強いこだわりを持ったグループがいかにも仕掛けそうなことだと想像できます。その遊び心に浸って聴くというのがこのアルバムを楽しむ最大の秘訣と思われます。オルガン用のトリオ・ソナタから大作「パッサカリア」 BWV582 まで、まるでオリジナル曲のように聴こえるこの優れたバッハ・アルバムを存分に楽しみましょう!
ユンディ・リやサー・チェンら世界のトップで活躍する中国のピアニストが師事した名教師ダン・シャオイー(ザオイ)に学び、数々のコンクールで優勝・入賞を果たし、注目度急上昇中の中国人ピアニスト、ティエンチ・ドゥ。2023年には来日公演も行ったティエンチ・ドゥが奏でるゴルトベルク変奏曲がフランスの名門レーベルNAIVEからの発売されるという事実は、ヨーロッパでの高い評価を示しています。ティエンチ・ドゥは、歴史的解釈を消化したうえで、モダン・ピアノによるゴルトベルク変奏曲の可能性を探っています。即興的な装飾が散りばめられた練られたアーティキュレーションは、モダン・ピアノでのバッハ演奏に一石を投じるものになっているでしょう。