バッハ その新録音から Vol.3

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クラシック音楽の全作曲家の中で、最もCD発売点数が多い、ヨハン・セバスティアン・バッハ。続々と発売されるバッハ録音の中から、スタッフの一推しディスクをご紹介していきます。バッハ演奏の最前線となる録音の数々にぜひご注目ください!

スティーヴ・デヴァインとOAEによる親密なバッハのチェンバロ協奏曲演奏!

『J. S.バッハ:チェンバロ協奏曲集~BWV1052,1054,1055,1059』
スティーヴン・デヴァイン(チェンバロ&指揮)

エイジ・オブ・インライトゥメント管弦楽団(古楽器使用)
CD 
Resonus RES-10318 輸入盤

 CHANDOSやResonusレーベルでのソロの録音や、ゴンザーガ・バンドなどの優れたイギリスのピリオド楽器アンサンブルとの共演で知られ、エイジ・オブ・インライトゥメント管弦楽団の首席鍵盤奏者も務めている気鋭の鍵盤奏者スティーヴ・デヴァインが、エイジ・オブ・インライトゥメント(OAE)とともに、バッハのチェンバロ協奏曲を録音しました。
 バッハのチェンバロ協奏曲は、ライプツィヒ時代に、主にコレギウム・ムジクムでの演奏のために、自作の(もしかすると他の作曲家の作品も)他の楽器のための協奏曲やカンタータなどから、編曲され、成立しました。1台のチェンバロを独奏楽器とする協奏曲は、完成された形で残された7曲の作品BWV1052-1058と断片のみが残るBWV1059の計8曲が現存しています。このアルバムでは、完成された3曲BWV1052,1054,1055に加え、スティーヴ・デヴァイン自身によって復元・再構成されたBWV1059を収録しています(コレギウム・ムジクムで演奏されたという時代背景もあって、このCDの表紙には、1744年頃のコレギウム・ムジクムでの演奏の様子が描かれた絵画が使用されています)。チェンバロ協奏曲は厳密な意味でオリジナル作品とは呼べないものの、その人気・知名度は数多いバッハ作品の中でもトップ・クラスで、史上最初期の鍵盤協奏曲として音楽史的にも重要な位置を占める作品群なのです。
 OAEは、先行録音で良く見られる各パート一人の最小編成を採用、テンポは数多くの先行録音と比べて、全体的に普通からやや早めで、ピッチは一般的なバロックピッチである415を採用しています。OAEのメンバーは、コープマンのアムステルダム・バロック・オーケストラのコンサートミストレスとして数々の録音に参加したマーガレット・フォートレス、ガーディナーのイングリッシュ・バロック・ソロイスツやロバート・キングのキングズ・コンソートなどの首席を務めるカティ・デブレツェニ、ザロモン四重奏団やフィッツウィリアム四重奏団などピリオド楽器弦楽四重奏団に参加し、エクス・カシードラやコレギウム・ムジクム90などのグループの首席でもあったアンドリュー・スキッドモアら名手が揃う実に豪華な布陣となっています。こうした名手たちとともに、スティーヴ・デヴァインは、室内楽的なアンサンブルを繰り広げ、バッハのチェンバロ協奏曲の複雑な構造を明確に描き出し、その魅力を伝えてくれています。チェンバロと弦楽パートの語らいは親密そのもので、統一感のあるアーティキュレーションは安定感を与えています。チェンバロと弦楽のバランスも絶妙で、この安定感とバランスの妙がスティーヴ・デヴァイン&OAEの演奏の最大の特徴となっているのではないかと思います。特に、極めて自然な装飾を加えながら弾かれる第2楽章の味わい深さは格別です。さすがベテラン名手揃いの演奏と言えるでしょう。また冒頭数小節しか残されていないBWV1059は、このところ当然となっているカンタータ第35番「霊と魂も乱れはて」BWV35の素材を使って、数自身の手によって復元・再構成が行われています。第1楽章はカンタータ冒頭のシンフォニアから、第2楽章は最初のアリアの前半部分、第3楽章は第2部のシンフォニアが基にされています。通常のチェンバロ協奏曲の編成に、オーボエ1本を加えた編成で、他の復元よりもオーボエよりも若干チェンバロの役割が大きいような気がしますが、理にかなった自然な復元となっています。そう聴こえるのは、生き生きとした演奏によって、オリジナル曲と言っても過言ではない自然さを獲得しているからかもしれません。確かなテクニックと高い音楽性を兼ね備えた名手たちによる名盤と呼べる1枚です。

ヨハン・ゼバスティアン・バッハ(1685-1750):
チェンバロ協奏曲集 BWV1052、1054、1055、1059
1-3. 協奏曲 ニ短調 BWV 1052 1. I. Allegro 2. II. Adagio 3. III. Allegro
4-6. 協奏曲 イ長調 BWV 1055 4. I. Allegro 5. II. Larghetto 6. III. Allegro ma non tanto
7-9. 協奏曲 ニ長調 BWV 1054 7. I. [Allegro] 8. II. Adagio e piano sempre 9. III. Allegro
10-12. 協奏曲 ニ短調 BWV 1059 (スティーヴン・デヴァインによる再構築版) 10. I. [Allegro] 11. II. [Adagio] 12. III. Presto

スティーヴン・デヴァイン(チェンバロ&指揮)
使用楽器=ハンス・クリストフ・フライシャー(ハンブルク)が1710年に製作した1段鍵盤のチェンバロを参考に、コリン・ブースが2000年に製作した2段鍵盤チェンバロ
エイジ・オブ・インライトゥメント管弦楽団(古楽器使用)
【メンバー】 
マーガレット・フォートレス(ヴァイオリン) 
カティ・ベブレツェニ(ヴァイオリン) 
マックス・マンデル(ヴィオラ) 
アンドリュー・スキッドモア(チェロ) 
クリスティーヌ・シッチャー(コントラバス) 
カタリナ・スプレッケルセン(オーボエ)(BWV 1059のみ)
ピッチ a’=415Hz

録音:2022年3月1-3日/収録場所:St John’s Smith Square、ロンドン(UK)

天才トリスターノによるバッハの協奏曲!

『BACH STAGE~J. S.バッハ:ピアノ協奏曲集』
フランチェスコ・トリスターノ(ピアノ)

レオ・マルグ指揮バッハ・ステージ・アンサンブル
CD SCALA MUSIC
/キングインターナショナル KKC6703 輸入盤国内仕様
2023年6月中旬発売予定

 ソニーやドイツ・グラモフォンなど大レーベルで、個性的なアルバムを続々とリリースし、クラシック以外のジャンルの音楽も弾きこなす特別な才能の持ち主である気鋭のピアニスト、フランチェスコ・トリスターノ。特に最近では、バッハやバロック音楽を独自の解釈によってモダン・ピアノで弾いたアルバムが高く評価されているトリスターノですが、大注目の録音が登場しました。バッハのチェンバロ協奏曲をモダン・ピアノと室内管弦楽団で演奏したアルバムです。2022年の録音。トリスターノは自身でバッハ作品を演奏するアンサンブルを立ち上げるなど、そのアーティストキャリアのほぼすべての20年以上、バッハに注力しています。この録音では、フランスの気鋭の指揮者レオ・マルグと共演し、このプロジェクトのために組織された室内アンサンブルとともに録音に臨んでいます。動画サイトに挙がっている録音風景を見ると、トリスターノはピアノの下に特別な台を設置し、なんと立ってピアノを弾いているようです!果たしてこれがどのような効果をもたらしているのかは録音だけで聴き取ることは難しいですが、速めのテンポ、まるでチェンバロのような発音の良い打鍵、右手と左手のパートの音色の違い、レガートを用いず、ペダルの使用もほぼない、など、モダン・ピアノで演奏したバッハ録音の中でも、かなり特徴的な演奏となっていますので、演奏する上で大きな効果があるのかもしれません。チェンバロでの演奏を念頭に入れながら演奏を構築していたのでしょう。説得力の強い響きは、モダン・ピアノでのバッハ演奏の中でも抜きんでていると思われます。さすがはトリスターノ!そして全曲のカデンツァは、現代作曲家とトリスターノ自身のものを使用。これが演奏解釈とはかけ離れたかなり現代的で、刺激的なもので、オーセンティックな要素を多く取り入れた演奏とのギャップに驚かされます。独自のバッハの音楽世界を現出させるトリスターノの魔術的な演奏をぜひお楽しみください。

J.S.バッハ:
・ピアノ(チェンバロ)協奏曲 ト短調 BWV 1058(第3楽章カデンツァ:小倉美春)
・ピアノ(チェンバロ)協奏曲 イ長調 BWV 1055(第2楽章カデンツァ:ルドルフ・ブリュノー=ブルミエ)
・ピアノ(チェンバロ)協奏曲 ニ短調 BWV 1052(第3楽章カデンツァ:フランチェスコ・トリスターノ)

フランチェスコ・トリスターノ(ピアノ)
レオ・マルグ指揮バッハ・ステージ・アンサンブル
録音:2022年9月28-30日

名手ガッリジョーニの工夫に満ちたガンバ・ソナタ!

『J. S.バッハ:ヴィオラ・ダ・ガンバ・ソナタ集』
フランチェスコ・ガッリジョーニ(ヴィオラ・ダ・ガンバ)

ロベルト・ロレジャン(チェンバロ)
CD Da Vinci Classics
/東京エムプラス PC00724 輸入盤国内仕様
2023年6月17日発売

 アンドレア・マルコン率いるヴェニス・バロック・オーケストラの創設メンバーであり、マルコンやジュリアーノ・カルミニョーラらと数多くの共演を重ねてきたイタリアのバロック・チェロとヴィオラ・ダ・ガンバの名手フランチェスコ・ガッリジョーニによるバッハのヴィオラ・ダ・ガンバ・ソナタ集です。共演は、イタリアをはじめとするさまざまなレーベルに数多くの録音を残しているイタリアの名鍵盤奏者ロベルト・ロレジャンとの共演で、注目を集めるイタリアの新興レーベル、DA VINCI CLASSICSからの発売となっています。
 アルバム冒頭のコラール前奏曲のヴィオラ・ダ・ガンバ&チェンバロ編曲版から耳を奪われます。オルガンのための作品を原曲としながら、ヴィオラ・ダ・ガンバ・ソナタと組み合わせても全く違和感なく響く名編曲です。むしろヴィオラ・ダ・ガンバ・ソナタがこうしたオルガン作品を基にしたのではないかと思えるほどで、ヴィオラ・ダ・ガンバ・ソナタ作曲に当たるバッハのオルガン的視点を感じさせてくれます。メインのヴィオラ・ダ・ガンバ・ソナタでは、ガッリジョーニのガンバの豊かな色彩とロレジャンの即興性あふれる瑞々しい演奏が融合し、ガンバ、チェンバロの右手、チェンバロの左手の3声部が優美に綿密にまじりあう様は目も眩むほどです。
 イタリアの名手二人が奏でる色彩的なバッハの世界をぜひお聴きください。

収録情報

J.S.バッハ:
コラール前奏曲 《いと愛しまつるイエスよ、われらここに集いて》 BWV.731
ヴィオラ・ダ・ガンバ・ソナタ第1番ト長調 BWV.1027
コラール前奏曲《目を覚ませと呼ぶ声が聞こえ》 BWV.645
ヴィオラ・ダ・ガンバ・ソナタ第2番ニ長調BWV.1028
協奏曲第1番ニ長調 BWV.972 より ラルゲット(原曲:ヴィヴァルディのヴァイオリン協奏曲ニ長調 RV.230)
ヴィオラ・ダ・ガンバ・ソナタ第3番ト短調 BWV.1029

フランチェスコ・ガッリジョーニ(ヴィオラ・ダ・ガンバ)
ロベルト・ロレジャン(チェンバロ)
録音:2022年6月、アッバツィア・サンタ・マリア(カルチェリ、イタリア)

バッハの「フーガの技法」とウェーベルン作品の融合!

『J. S.バッハ:フーガの技法&ウェーベルン:弦楽四重奏のための出版作品全集』
ロドルフォ・リヒター(ヴァイオリン)リヒター・アンサンブル

CD passacaille
/キングインターナショナル KKC6704 輸入盤国内仕様

 ウェーベルンは『音楽の捧げもの』の「6声のリチェルカーレ」を小編成オーケストラに編曲するなど、バッハという作曲家への強い興味を持っていましたので、バッハとウェーベルンの作品を併置する録音はけっして不自然なものでないのですが、このアルバムは、バッハの『フーガの技法』の合間にウェーベルンの弦楽四重奏のための作品を年代順に挿入するという興味深い試みがなされています。しかも全編ガット弦で演奏し、ピッチは、バッハ作品がA=415Hz、ウェーベルン作品がA=432Hzと変更など、隅々までこだわりを貫いた録音となっています。
 ピエール・ブーレーズに作曲を学んだ経歴もあるロドルフォ・リヒターは、バロック時代の音楽と20世紀の音楽を併置するプログラムを提示してきた気鋭のピリオド楽器ヴァイオリン奏者。ヴィヴァルディの「四季」とジョン・ケージの作品を組み合わせたアルバムや、新ウィーン楽派の弦楽四重奏作品をガット弦で演奏したアルバムなど、挑戦的なプログラムでヨーロッパを中心に大きな注目を集めています。ここでは、バロックや古典派の音楽を現代音楽のつながりを探るプログラムを演奏するために2,018年に結成したリヒター・アンサンブルとの演奏で、バッハの『フーガの技法』を一部にヴィオローネやチェンバロを加えた弦楽四重奏で演奏。アルバムを通して聴くと、別録音したウェーベルン作品との対比も面白く、バッハとウェーベルンの共通点が明確になってきます。バッハの対位法芸術の総決算である『フーガの技法』の新鮮な録音であるとともに、ウェーベルンを通して20世紀以降の音楽に与えた影響までを感じることができる画期的な録音です。

収録情報

J.S.バッハ:フーガの技法 BWV1080より コントラプンクトゥスI~IV《基本フーガ》
ウェーベルン:弦楽四重奏のための5つの楽章 Op.5(1909)
J.S.バッハ:フーガの技法 BWV1080より コントラプンクトゥスV~VII《ストレッタ・フーガ》
ウェーベルン:弦楽四重奏のための6つのバガテル Op.9(1913)
J.S.バッハ:フーガの技法 BWV1080より コントラプンクトゥスVIII~XI《2重・3重フーガ》
ウェーベルン:弦楽四重奏曲 Op.28(1937-38)
J.S.バッハ:フーガの技法 BWV1080より コントラプンクトゥスXII, XIII《鏡像フーガ》
J.S.バッハ:フーガの技法 BWV1080より コントラプンクトゥスXIV《未完の4重フーガ》

ロドルフォ・リヒター(ヴァイオリン)
リヒター・アンサンブル

[演奏ピッチ]
バッハ A=415Hz
ウェーベルン A=432Hz
録音:
2019年6月30日-7月3日/フランス、ヴィレノア、小教区教会(バッハ)
2021年8月31日-9月1日/フランス、ナンテュイユ=シュル=マルヌ、聖マルガリタ教会(ウェーベルン)

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