必聴傾聴盤紹介~『モーツァルト:レクイエム/ジョルディ・サヴァール』

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『モーツァルト:レクイエム / ジョルディ・サヴァール』

ジョルディ・サヴァール指揮
ラ・カペラ・ナシオナル・デ・カタルーニャ
ル・コンセール・デ・ナシオン
録音:2022年5月11-13日 カタルーニャ自治州カルドーナ城参事会教会

ALIA VOX/キングインターナショナル KKC-6708 輸入盤国内仕様

収録情報

モーツァルト:レクイエム KV 626

レイチェル・レドモンド(ソプラノ)
マリアンヌ・ベアーテ・キーランド(メゾ・ソプラノ)
ミンジェ・レイ(テノール)
マヌエル・ヴァルサー(バリトン)
ラ・カペラ・ナショナル・デ・カタルーニャ(合唱)
ル・コンセール・デ・ナシオン(マンフレート・クレーマー(コンサートマスター))
ジョルディ・サヴァール(指揮)
録音:2022年5月11-13日、カタルーニャ自治州カルドーナ城参事会教会

 古楽界の大巨匠ジョルディ・サヴァールが、モーツァルトのレクイエムを再録音!以前の録音は、1991年で、サヴァールの亡き妻モンセラート・フィゲーラスをはじめ、クラウディア・シューベルト、ゲルト・テュルク、シュテファン・シュレッケンベルガーという当時の実力派歌手が独唱者として参加。フィゲーラスの独特の美声とサヴァールの新鮮な解釈が話題を呼びました。そこから30年以上が経過した2022年に再録音となりました。
 まず演奏の基本情報から。モーツァルトはレクイエムを完成させる前にこの世を去ってしまったため、作品の完成のために妻のコンスタンツェがモーツァルトの弟子だったアイブラーに補筆を依頼しますが、アイブラーは途中で断念、その後やはり弟子のジュスマイヤーが補筆完成させました。この作曲者本人が完成させなかったという事情のために、その後も現代に至るまで、様々な研究を基にして、バイヤー版、ロバート・レヴィン版など、さまざまな補筆完成版が作られました。しかし現在まで最も一般的な版はやはりジュスマイヤー版でしょう。1980年代より、ピリオド楽器による演奏でもさまざまな版が使用されてきましたが、最近ではジュスマイヤー版がまた復権しているようです。このサヴァールによる再録音でもジュスマイヤー版が使用されています。またオーケストラ、ル・コンセール・デ・ナシオンの弦楽器の編成は、4-4-2-2-2(ブックレットには弦楽器18となっていますが、演奏者は14人しか明記されていません。ただし、ブックレットに掲載された演奏写真にはヴァイオリンが各6になっていますので、コンサートと録音で編成が異なった可能性があります)。管楽器はバセット・ホルン2、バスーン2、ホルン2、トランペット2、トロンボーン3で、ここにオルガンとティンパニが加わります。ピッチは430Hzに設定されています。コンサートマスターはサヴァールの信頼厚い名手マンフレート・クレーマー。合唱団のラ・カペラ・ナシオナル・デ・カタルーニャ(いつのまにか、ラ・カペラ・レイアル・デ・カタルーニャから改名。現在のカタルーニャをめぐる社会情勢が影響しているのでは?)は、ソプラノ5、メゾソプラノ5、テノール5、バリトン&バス5で、合唱指揮はルイス・ビラマホ。18世紀末当時の編成を基にしたということですが、ピリオド楽器での演奏としては一般的な規模で目立って特徴的とは言えない編成ではあります。独唱者は、ウィリアム・クリスティの若手歌手育成プロジェクト「ル・ジャルダン・デ・ヴォワ」出身のスコットランド人歌手レイチェル・レドモンドがソプラノ、オペラや宗教曲の分野で大活躍中のノルウェーの歌手マリアンネ・ベアーテ・キーラント(マリアンネ・ベアーテ・シェラン)がメゾソプラノ、欧米各地のオペラ劇場で活躍中の若手中国人歌手、ミンジェ・レイがテノール、トーマス・クヴァストホフに師事し、現在オペラと歌曲の分野で活躍するスイスの若手歌手マヌエル・ヴァルザーがバリトンとなっています。またブックレット内の演奏時の写真を見ると、指揮のサヴァールと独唱歌手陣が前面で、その次が対抗配置の弦楽器群と木管楽器群、その次に合唱団が左からソプラノ、テノール、バリトン&バス、メゾソプラノの順に並び、正面最後部にトランペットとティンポニが並んでいます。特徴的なのは3本のトロンボーンで合唱団の声部の間に配置されています。おそらく合唱団の各声部をなぞるトロンボーンがその声部の横に位置しているのだと思われます。
 演奏は、美しい調和を感じさせる管楽器アンサンブルに、刻みの強い弦楽器が対照的に響く印象的な始まりを聴かせ、ここに精度の高い合唱団と美しいソプラノの独唱が加わります。合唱と管楽器の調和を裂くような弦楽器の刻みが耳を奪い、演奏に緊張感を生んでいます。フーガであるキリエでは、合唱と器楽が一体となり、壮大なフーガを形成。各声部はフーガの入りを強調し、統一されたアーティキュレーションがフーガ楽章であることを主張します。続くセクエンツィアの「Dies Irae」では、アクセントのはっきりしたティンパニと金管楽器が迫力満点で盛り上げながら、合唱とオーケストラを導きます。ここでも合唱団の精度の高さが際立ちます。その後の「Tuba mirum」は各独唱陣の高い技術と金管楽器奏者たちの高い技巧が目立ちます。そしてセクエンツィア、ひいてはすべての楽章においてこの演奏で最も特徴的な部分が、「Rex tremende」かもしれません。美しいアンサンブルで締めくくられる「Tuba mirum」とは打って変わって、鋭い刻みの弦楽器と金管楽器ではじまり、その後の合唱の「Rex」の発音が、音価を短くとり強烈な印象を残します。全体的にスタッカート気味のアーティキュレーションがこの楽章の冒頭を支配します。この「Rex」の発音の切り方はアーノンクールの旧盤で行われていた解釈ですが、ここではその衝撃が繰り返されているようです。きつめのリズムに鋭く響くティンパニがまた特徴的で、和声を聴かせる「Salva me」の部分との対比、レガートが支配するその後の「Recordare」の対比も強く打ち出されています。このようにセクエンツィアは全体的にさまざまなアーティキュレーションによる対比が意識的に打ち出されていて実に印象的で濃密な解釈になっています。こうした対比の強さは、歌詞をかみしめるように歌われる最後の「Lacrimosa」の感動を演出しているかのようです。
 このようにサヴァールの解釈が合唱団・独唱陣・オーケストラ一人一人に至るまで徹底され、声楽と器楽がまるで違いなど無いように演奏されています。サヴァールのカリスマ性あってのものと言えるでしょう。個人的に面白いと感じたのは、その一体感の特異性です。ピリオド楽器による優れた教会音楽の合唱・演奏では、モーツァルトのレクイエムに限らず、合唱団と同様のアーティキュレーションが徹底されたオーケストラがまるで合唱団の一員として歌っているかのように響き、声楽と器楽の融合が図られています。この合唱とオーケストラの一体化が見事に成された演奏では、演奏全体に一体感が生まれ、一つの大きな響きとなって聴き手に届き、大きな感動を生むのです。優れたモーツァルトのレクイエムの演奏・録音は概してこの一体感が生み出されています。この場合の多くはオーケストラが合唱団に加わっている印象を受けるのですが、サヴァールの場合はこの一体感が生まれているにもかかわらず、器楽的に響いているように聴こえるのです。オーケストラが合唱団に融合しているのではなく、合唱団がオーケストラに融合しているように聴こえるのです。決して歌詞が軽んじられているわけではなく、むしろ歌詞の解釈がアーティキュレーションに生かされているのですが、それにもかかわらず器楽的な印象を与えるのは大変興味深いものです。
 こう感じるのは、もしかするとサヴァールが根本的に優れたヴィオラ・ダ・ガンバという楽器の器楽奏者であるという理由があるからかもしれません。16世紀から17世紀にかけて、器楽作品は声楽作品をなぞる、あるいはまねるところから発展しました。人間の声に近いとされたヴィオラ・ダ・ガンバはまさにその器楽作品の発展を支えた楽器でもあるのです。サヴァールも半世紀以上、歌を器楽で奏でるという、そうした音楽を演奏してきました。例えば、母国の大作曲家ビクトリアの教会音楽を録音をする際も、サヴァールは声楽にヴィオラ・ダ・ガンバなどの楽器を重ねて演奏してきました。サヴァールにとって声楽作品も器楽作品も、人間の声も楽器の音も等しく価値ある音楽であり、区別することなく演奏してきたのです。こうした蓄積された経験がサヴァールの声楽を伴う作品の解釈の根本にある気がしてなりません。このモーツァルトのレクイエムの録音は、それが端的に出た例だと思います。この独特の声楽器楽の一体感が、サヴァールのモーツァルトのレクイエムの演奏を独自のものとしているのです。他にはない感動を生むサヴァールのモーツァルトのレクイエムをぜひ細かい部分まで聴いていただきたいものです。(須田)
※絵画情報
CDジャケット ウィリアム・ジェイムズ・グラント:「レクイエムを作曲するモーツァルト」(1854年)
19世紀イギリスの画家が描いた、死を間近にしたモーツァルトがベッドでレクイエムを作曲する場面が描かれています。左側の女性は妻のコンスタンツェ。もちろんモーツァルトの死後半世紀以上経ってから描かれたので、画家自身がその場面を見たわけではありませんが、死が迫る中でもレクイエムを作曲し続けたモーツァルトの逸話はすでに有名なものだったのでしょう。ブックレットにはこの他にも、モーツァルトの肖像画、コンスタンツェの肖像画、レクイエムの自筆譜の画像、演奏風景、演奏者の写真が掲載されています。

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