必聴傾聴盤紹介~『モーツァルト:ミサ曲 ハ短調(ケンメ補筆版)/ジョン・バット指揮ダニーデン・コンソート』

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モーツァルト ミサ曲ハ短調
ジョン・バット dunedin consort
mozart
目次

『モーツァルト:ミサ曲 ハ短調(ケンメ補筆版)、C. P. E. バッハ:聖なるかな、万軍の主なる神』

ジョン・バット指揮ダニーデン・コンソート
録音: 2022年9月20₋23日
 パース・コンサート・ホール,UK

CD LINN 
輸入盤 CKD721
国内仕様盤 NYCX10428

収録情報

1-12.ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756-1791):
ミサ曲 ハ短調 K. 427 (クレメンス・ケンメ補筆版)
13.カール・フィリップ・エマヌエル・バッハ(1714-1788):
 聖なるかな、万軍の主なる神 H. 778

ルーシー・クロウ、アンナ・デニス (ソプラノ)
ジェス・ダンディ (アルト)…13
ニコラス・マルロイ (テノール)
ロバート・デイヴィス (バス)
ダニーデン・コンソート(声楽&古楽器アンサンブル)
スティーヴン・ファー(オルガン)
ジョン・バット(指揮)

録音: 2022年9月20-23日
 パース・コンサート・ホール、UK
収録時間: 60分

 ジョン・バットとダニーデン・コンソート(スコットランドを拠点としているため、エジンバラ城の古いゲール語読みであるダニーデンから名前がとられている)と言えば、気鋭の学者たちによる最新の研究を基にこれまでとは異なる楽譜や稿を用いて斬新な演奏を聴かせてくれることで、古楽ファンを中心に注目を集めているグループです。バッハの「マタイ受難曲」を1742年のバッハが生前最後に演奏した際の稿で録音したり、「ヨハネ受難曲」を、他の作品を交えながら一つの典礼のように録音したり、「クリスマス・オラトリオ」を小編成で録音したり、「ミサ曲ロ短調」をジョシュア・リフキン校訂による版で録音したり、ヘンデルの「メサイア」を1742年のダブリン初演版で録音したり、などなど、こだわりにこだわった録音を続々とリリースしています。
 今作では、モーツァルトの「ミサ曲ハ短調」を取り上げています。ジョン・バットのモーツァルトには「レクイエム」の録音があり、これも1793年の初演時の楽譜を再構成して演奏するという実に興味深い内容でしたが、「ミサ曲ハ短調」でも大変興味深い楽譜が使用されています。
 もともとが未完成の作品であるモーツァルトの「ミサ曲ハ短調」には、20世紀以降に、H.C.ロビンス・ランドン版をはじめ、フランツ・バイヤー版、ロバート・レヴィン版、新モーツァルト全集に採用されたヘルムート・エーダー版など次々と丹念な研究を基にした校訂版が発表されていますが、ここでは、2018年出版のオランダの音楽学者クレメンス・ケンメによる補筆完成版(ブライトコプフ&ヘルテル社刊行)が使用されています(なお、同版による録音にはハワード・アーマン指揮バイエルン放送合唱団&ベルリン古楽アカデミーの2018年録音盤などがあります)。ケンメは、ロバート・レヴィンのようにほぼ作曲作業が必要となる「アニュス・デイ」までは復元した補筆完成版とはせず、あくまでモーツァルトの手が色濃く残る部分のみ補筆してます(補筆部分は、Credo、Et incarnatus est、Sanctus)。
 「ミサ曲ハ短調」は、モーツァルトの作品の中でもバロック的書法が色濃く残る教会音楽として異彩を放っています。それは「キリエ」など特に対位法的書法が随所に見られるからですが、対照的に、妻コンスタンツェの技量を示すために書いたとされる「ラウダームス・テ」などソプラノのアリアでは、いかにも快活で音符の多い、いかにもモーツァルトと言った書法が見られます。この新旧書法(バロックと古典派)、モーツァルトならではの書法が入り混じり、コロコロと楽曲のイメージを変化させるところがこのミサ曲の最大の特徴にして、他では得難い魅力になっているのです。
 ジョン・バットはこの校訂譜での演奏に当たって、4人の独唱者に加え、ソプラノ6、アルト4、テノール4、バス4の合唱団、5-4-3-3-1の弦楽器群と、フルート1、オーボエ、バスーン、ホルン、トランペット各2、トロンボーン3という管楽器群に、ティンパニ、オルガンの編成で臨んでいます。声楽パートや弦楽器群を小編成にした録音が多かったジョン・バットとしては比較的大きめの編成と言えるでしょう。重々しい弦楽器で始まる「キリエ」では、合唱団の歌唱もかなり重量感があり、それは積みあがっていくフーガの形成でも顕著で、まさにモーツァルトがバッハ作品を時代に合わせて作り直したようなイメージを持たせます。続く「グローリア」では金管とティンパニの勇ましい冒頭から「キリエ」での重さから解放され、天へと昇っていくかのような晴れやかで祝祭的なイメージが形成されます。上昇音階による旋律や対位法的部分、それに続くホモフォニックな部分はヘンデルの祝祭的な合唱曲を想起させるほどです。「ラウダームス・テ」では、アンナ・デニスの美声が響き渡ります。「ドミネ・デウス」のルーシー・クロウとアンナ・デニスの二重唱も聴きものです。「クレド」以降のケンメ補筆部分では、金管とティンパニが強調されたダイナミックなオーケストレーションが聴きものです。「サンクトゥス」での二重合唱の扱い方も迫力があります。「ベネディクトゥス」での四重唱はオペラでの重唱部分を思わせ、後の「レクエイム」での重唱の扱い方へとつながっているように聴こえます。二重合唱とオーケストラによる迫力ある大団円で曲は閉じられます。ジョン・バットの指揮は独唱、合唱とオーケストラを巧みにまとめあがています。ソリストも合唱も大変質が高く、ダイナミックに変化する曲の魅力を存分に伝えてくれます。特に二人のソプラノの歌唱は出色でしょう。名演数多い同曲の録音の中においても、最高峰の演奏と呼べるすばらしいものになっています。
 またこのアルバムには、大バッハの次男カール・フィリップ・エマヌエル・バッハのドイツ語による教会音楽「Heilig ist Got(聖なるかな、万軍の主なる神)」がカップリングされています。アルト独唱と二重合唱、弦楽器群、オーボエ、バスーン、トランペット、ティンパニ、オルガンによる2つの合奏隊を持つという、曲の短さに比較するとかなり大規模な編成をもつ作品です。アルトによる独唱によるアリエッタから静かに始まるのですが、やがて、天使の合唱、合奏と、地上の人々の合唱、合奏に分かれて歌い、奏でられ、大団円を迎えるというかなり凝った作りの作品で、モーツァルトもおそらくファン・スヴィーテン男爵を通して、その存在を知っており、同曲のフーガ部分は、ミサ曲ハ短調の「グローリア」でのフーガ部分の作曲などに生かされたようです。当時の演奏では、天使の合唱・合奏隊と地上の人々の合唱・合奏隊は配置から上下に分かれていて、当時の聴衆は見た目的にも音響的にも天と地が明確になっていたものと思われますが、この録音でも一部でそのような音響が再現されています。短い中にも、エマヌエル・バッハの教会音楽のエッセンスが詰まっている佳品です。
校訂譜からカップリング曲にまで凝った才人ジョン・バットによるモーツァルトにぜひご注目ください!(須田)

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