必聴傾聴盤紹介~『ビクトリア:聖週間のレスポンソリウム」/イ・ファジョリーニ』

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『ビクトリア:聖週間のレスポンソリウム』
ロバート・ホリングワース指揮イ・ファジョリーニ
CD CORO COR16204 輸入盤

2024年3月下旬発売予定

収録情報

ビクトリア:聖週間のレスポンソリウム(テネブレ・レスポンソリウム)
ロバート・ホリングワース(指揮・朗読)イ・ファジョリーニ
レベッカ・レア(ソプラノ)
マーサ・マックロリナン(メゾ・ソプラノ)
マシュー・ロング(テノール)
グレッグ・スキッドモア(バリトン)
フレデリック・ロング(バス)
録音:2023年7月18-20日&12月12日(イギリス)

☆”アンサンブル・アウォード”を授与されたイギリスの実力派古楽系アンサンブル、イ・ファジョリーニ!
☆ザ・シックスティーンの自主レーベルであるCoro第5弾!
■ロバート・ホリングワースによって1986年にオックスフォード大学で結成され、2006年5月にはロイヤル・フィルハーモニック協会から”アンサンブル・アウォード”を授与されたイギリスの実力派古楽系アンサンブル、イ・ファジョリーニ。ザ・シックスティーンの自主レーベルであるCoro第5弾は、ビクトリア作曲による《聖週間のレスポンソリウム》に、2009年コスタ・ブック・オヴ・ザ・イヤーを受賞したクリストファー・リードの詩集『A Scattering』から、妻の死と死にまつわる感動的な9篇の詩の朗読を織り交ぜたもの。
■16世紀後半、当時の作曲家が目指した多声合唱曲のような過剰なものではなく、いかに単純なテクスチュアで作品を描くかということを選んだビクトリア。このアルバムでは作曲者が意図した低いピッチで収録するという試みも行われています。
東京エムプラス

 1986年にオックスフォード大学で当時の学生たちを中心に結成された古楽アンサンブル、イ・ファジョリーニ。ルネサンス音楽を中心に、主宰のロバート・ホリングワースが生み出すこだわりのプログラムで長きに渡って古楽ファンを魅了してきました。これまでに<METRONOME>や<DECCA>といったレーベルで録音をしてきましたが、ここ数年はザ・シックスティーンの自主レーベル<CORO>からアルバムをリリースし、話題を呼んできました。
 イ・ファジョリーニの<CORO>第5弾となる今作では、彼らとしては珍しく一人の作曲家の有名曲を取り上げました。トマス・ルイス・デ・ビクトリアの「テネブレ・レスポンソリウム」。スペイン音楽黄金時代を、そしてルネサンス後期を代表する大作曲家ビクトリアの代表作の一つである音楽史上の重要な作品集です。「テネブレ・レスポンソリウム」は聖週間中の3日間の典礼に使用される音楽を集めた「聖週間のための聖務日課集」に含まれるレスポンソリウム(応唱)を集めたものです。「聖週間のための聖務日課集」は、他に、受難曲、エレミアの哀歌などで構成されており、ボリュームのある内容なので、「テネブレ・レスポンソリウム」の部分だけ抜き出されて演奏・録音されることもしばしばで、「死者のための聖務日課集」に含まれる「6声のレクイエム」と並んで、ビクトリアの最高傑作とされています。「テネブレ・レスポンソリウム」においてビクトリアは、ヴェネツィアなどでは同時代に、複合唱やマドリガーレ様式など複雑な書法の教会音楽が書かれていたにもかかわらず、あえて複雑さを避け、歌詞の内容をシンプルに、ストレートに音楽として表現する作風を採用しています。その音楽は、歌詞を音楽に乗せて聴き手の心に強烈に響かせます。まさにビクトリアの音楽の特徴が顕著に出ている作品集なのです。こうした表出力の強い傑作ゆえに、これまでにも、ザ・シックスティーン、タリス・スコラーズなど、世界的な声楽アンサンブル、合唱団、古楽グループが演奏・録音しており、歴史に残る名盤もいくつも登場しています。
 「レオナルド・ダ・ヴィンチ」関連の音楽を集めたアルバムや、世界初録音を含むベネヴォリの作品など凝った企画、珍しい作品の録音を行ってきたイ・ファジョリーニですが、ビクトリアの「テネブレ・レスポンソリウム」というルネサンス音楽の中でもメジャー級の作品の録音は彼らにとってかなり珍しいことだと言えます。しかし、やはりそこはイ・ファジョリーニ、一筋縄ではいかない内容となっています。
 まず、イギリスの著名な作家・詩人であるクリストファー・リードの詩集「A SCATTERING」の中からホリングワースがセレクトした9編をホリングワース自身が朗読したトラックを「テネブレ・レスポンソリウム」のセクションごとに挿入しています。「A SCATTERING」はリードが亡き妻に捧げた悲痛な内容の詩集で、ホリングワースによれば、人間の親しい存在の死に対する感情と、テネブレ・レスポンソリウムで描かれるキリストの最後の姿に関係性が見て取れるのだそうです。確かにビクトリアの音楽の持つ直接的な表現は、リードの痛ましい詩と呼応するかのようです。
 歌唱は各パート一人で、基本的には4声部ですが、楽曲によって声部が減少する部分もあり、ソプラノが2つに分かれる部分もあるので、5人の歌手がクレジットされています。
 また各パートは通常よりも低いピッチが設定されています。最上声部は低いソプラノ、アルトはカウンターテナーではない高いテノール、テノールはバリトン、バスはより音域の低いパートにそれぞれ変更されています。解説では、これはビクトリアの意図とされています。ピッチが高い方が強い表現は容易で、与える印象も鮮烈ですが、低いピッチにより、テキストと密接に結びついたビクトリアの音楽が、各パート一人という編成とも相まってより聴き取り易くなっています。ビクトリア作品におけるテキストの重要性が強調されているのです。そしてテキストが内省的な響きとなって聴き手の心を打つのです。
 ちなみにホリングワースによれば、こうした各パート一人の歌手による低いピッチの歌唱の先行録音としては、ブルーノ・ターナーとプロ・カンツィオーネ・アンティクァの録音が挙げられています。ホリングワース自身もブルーノ・ターナーとともに仕事をしていたようで、現在の活動の原動力になっているそうです。そうしたこともあって、この録音はブルーノ・ターナーに捧げられています。
 ビクトリアがレスポンソリウムという作品に込めた強いメッセージを直截的に聴き手に伝えるイ・ファジョリーニの歌唱は、ビクトリアのレスポンソリウム録音の中でも異色の録音であり、新たな扉を開くものでしょう。(須田)

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